大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成10年(ワ)7003号 判決 1999年12月08日

原告

藤形喜吉

右訴訟代理人弁護士

内海和男

岡本栄市

被告

株式会社タジマヤ

右代表者代表取締役

田島力

右訴訟代理人弁護士

髙橋司

勝部征夫

木村哲彦

飯田誠

主文

一  本件訴えのうち、原告が、被告に対し、本判決確定の日の翌日以降の賃金及びこれに対する遅延損害金の支払を求める部分を却下する。

二  原告が、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

三  被告は、原告に対し、九〇万円及びこれに対する平成一〇年七月一六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

四  被告は、原告に対し、平成九年六月二一日以降本判決確定に至るまで、毎月二五日限り、月額四五万円の割合による金員及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

五  被告は、原告に対し、二二五万円及び別紙遅延損害金一覧表内金欄記載の各内金に対する同一覧表起算日欄記載の各日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

六  原告のその余の請求を棄却する。

七  訴訟費用は、全部被告の負担とする。

八  この判決は、第三ないし第五項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  原告が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、一八〇万円及びこれに対する平成一〇年七月一六日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告に対し、平成九年六月二一日以降毎月二五日限り、月額四五万円の割合による金員及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

四  被告は、原告に対し、平成一〇年七月以降毎月二五日限り月額九万円の割合による金員及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、訴外株式会社オービス(以下「訴外会社」という。)から解雇された原告が、訴外会社と被告とは実質的に法人格が同一であり、また、訴外会社の営業は包括的に被告に譲渡されているところ、訴外会社のした解雇は無効であると主張して、被告に対し、地位確認と未払賃金、未払一時金、立替払した不動産賃料の各支払を求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実等

1  当事者

(一) 被告は、肩書住所地に本店を置き、菓子、食料品、日用品等の販売を主たる業務としている会社で、関東近県に多数の支店を有し、従業員二二〇名余りを擁している。

(二) 訴外会社は、森林浴製品や森林浴発生器(空気清浄機)等の製造、販売、リース等を業とする会社であり、東京に本社を置き、名古屋、大阪、福岡等に事業所を有し、約三〇名の従業員を擁していた。

訴外会社の事業は、もと株式会社電気堂(以下「電気堂」という。)が営んでいたものであるが、同社がこの事業から撤退することとなったため、平成四年九月一日、被告らが出資して訴外会社を設立し(資本金六〇〇〇万円、発行済株式一二〇〇株のうち、設立時の被告の出資は四〇〇〇万円、保有株式は八〇〇株であった。<人証略>)、訴外会社が電気堂から営業譲渡を受けて右事業を営むようになったものである。

訴外会社設立時の役員構成は次のとおりであった。

代表取締役会長 田島力(被告代表取締役兼務)

代表取締役社長 田頭裕(電気堂出身)

専務取締役 新田征一郎(同)

取締役 伊藤満(同)

同 佐藤登(同)

同 田島弘(被告取締役兼務)

同 本間均(同)

(三) 原告は、平成七年六月ころから、訴外会社の大阪支店開設業務に従事し、同年七月訴外会社に雇用され、大阪支店で勤務してきた。

(四) 訴外会社は、平成九年九月三〇日、解散決議をし、同年一〇月一七日その旨登記された(<証拠略>)。

訴外会社の有していた在庫品、売掛金等の資産やリース契約は被告が買受けるなどして承継し、被告は、訴外会社の事業のうちの一部を、被告のオービス事業部として継続している。

訴外会社の大阪支店と四国営業所は廃止されたが、被告は新たに大阪営業所を設け、訴外会社大阪支店に従来から勤務していた従業員一名(東隆敏)を同営業所で雇用している。

2  本件各解雇

(一) 原告は、訴外会社取締役佐藤登から、平成九年六月二〇日限りで解雇する旨の予告を受けた(以下「第一解雇」という。なお、右解雇予告の通告時期については、原告が同年五月二六日と主張するのに対し、被告は同年四月二四日であったと主張していて争いがある。)。

原告は、同年五月二九日、訴外会社本社に赴き話し合いをもったが、訴外会社の説明では事業縮小及び大阪支店廃止に伴う解雇ということであり、その際、同年夏季賞与は出さないこと、社宅は同年六月末日限り明け渡すようにとの通告を受けた。

原告は、同年七月三〇日、訴外会社を債務者として、大阪地方裁判所に地位保全賃金仮払仮処分命令の申立(同裁判所平成九年(ヨ)第一九八五号事件)を行い、同裁判所は、同年一一月一二日、地位保全及び賃金の一部仮払を命じる決定をした。

(二) この間、訴外会社は、同年九月三〇日に解散決議をし、右仮処分決定後の同年一一月二八日付の書面で、原告に対し、右書面到達後三〇日経過した日を以て解雇する旨の通知をした(<証拠略>。以下「第二解雇」という。)。

3  賃金等

(一) 訴外会社の従業員に対する賃金は、毎月二〇日締切りで、同月二五日が支給日とされている。

原告の右第一解雇当時の賃金は月額四五万円であった(原告には、諸手当はなく、毎月基本給として定額四五万円が支給されていた。)。

(二) 訴外会社では、例年七月及び一二月に一時金が支給されるが、原告以外の他の従業員には、平成九年夏季一時金として基本給の一か月分が支給され、また、訴外会社解散後被告に引き継がれたもと(ママ)訴外会社従業員には、被告から冬季一時金として基本給の一か月分が支給された。

(三) 原告は、訴外会社が借上げた社宅に居住しているが、その賃料九万八〇〇〇円は訴外会社が負担してきた。

訴外会社は平成九年六月分までの賃料を支払ったが、同年七月以降の支払をしていない。

なお、訴外会社は、右社宅の貸主に保証金七〇万円を差し入れており、そのうち四〇万円は敷引金である。

二  本件の争点

1  本件各解雇が有効か否か

2  被告が、原告との雇用契約の当事者(使用者)となるか否か

(一) 法人格否認の法理が適用されるか

(二) 訴外会社から被告へ雇用契約を含む営業譲渡がなされたか

3  賃金等請求権の有無

第三当事者の主張

一  争点1(本件各解雇の有効性)について

1  原告の主張

本件各解雇は、以下の事情からして、いずれも無効である。

(一) 第一解雇

(1) 整理解雇の要件の不存在

訴外会社の就業規則五〇条四号は「事業の縮小その他会社の都合によりやむを得ない事由がある場合」には従業員を解雇することがある旨規定しているが、右の場合の解雇というのはいわゆる整理解雇である。

しかるに、第一解雇の予告当時、訴外会社には原告に対する整理解雇を有効とするための要件を満たす事情は存しなかった。事業縮小についても、解雇予告当時、大阪支店以外の事業縮小はなされていなかったし、大阪支店についても、「支店」の名称を廃止し所在を移転しただけで、大阪事務所として事業を継続していたのであって、解雇を止むを得ないとする事由は存せず、その説明もなかった。

(2) 予告期間の不足

訴外会社は、平成九年五月二六日に、原告に対し、第一解雇を予告したが、右解雇予告は、予告期間を三〇日とした労働基準法二〇条一項に違反している。

(3) 解雇権の濫用

第一解雇は、事前の説明もなく、社宅の転居の猶予も与えられず突然になされたこと、他の事業所への配転を考慮するなどの解雇回避努力が一切なされていないこと、原告を解雇の対象としたことや解雇事由についての説明がなされていないことなどからして著しく不合理であり、解雇権の濫用である。

(二) 第二解雇

(1) 整理解雇の要件の不存在

第二解雇も、整理解雇の有効要件を満たしていない。

(2) 解雇権の濫用

訴外会社は、解散手続の中で、事業及び他の従業員を被告に引き継がせながら、第一解雇に対する仮処分決定において従業員たる仮の地位が認められている原告に対しては、解散後雇用確保の努力を一切しないで再び解雇しているのであって、第二解雇は解雇権の濫用である。

2  被告の主張

(一) 就業規則の内容と本件各解雇がいずれも整理解雇であることは認めるが、その余の原告の主張は争う。

訴外会社は、原告に対し、以前からの話し合いの末、事業縮小(原告が担当していた森林浴発生器の販売等の廃止)及び大阪支店廃止に伴うものとして、平成九年四月二四日、面談して解雇事由の説明もしたうえで第一解雇の予告をした。

(二) 訴外会社が解散するに至った経緯は以下のとおりである。

(1) 訴外会社の主な営業品目は、<1>森林浴商品(樹液から抽出したフィトンチッドを用いた芳香剤、消臭剤などの小物類)の製造、販売と、<2>森林浴発生器の製造、販売、リースとであった。

(2) 訴外会社は、平成七年三月期まで順調に業績を伸ばしてきたかに見えたが、悪徳業者の仲介によって、実体のないエンドユーザーとのリース契約を締結させられるという詐欺被害にあっていた。これら悪徳業者に仲介手数料を支払ってリース契約を締結したものの、間もなくリース料は支払われなくなり、商品の行方も分からなくなるという事態が頻発し、調査したところ、総額約三〇億円のリース債権のうち正常なリース契約は約二億円という異常な事態に陥っていることが判明した。

そこで、訴外会社は、平成八年四月、従前の責任者を辞任させ、いわゆるリストラを実施するなどして業務改善を図ったが、架空リースを除いた売上高が年間約九億円程度、売上総利益が年間二〇〇〇万円程度であり、約三〇億円近い累積赤字の改善には繋がらなかった。

(3) そこで訴外会社は、平成九年三月の取締役会で、不採算部門の整理と営業譲渡を決議し、大阪支店、四国事業所の閉鎖もこのとき決定された。

しかるに、同年七月、営業譲渡が不成立に確定したため、被告は、訴外会社の前記営業品目のうち、採算をとることが可能な<1>のみに事業を限定して被告が引継ぎ、訴外会社を解散させることとしたものである。

二  争点2(原被告間の雇用契約関係)について

1  原告の主張

(一) 法人格否認(訴外会社と被告との実質的同一性)

(1) 以下の諸点からみて、訴外会社と被告とは実質的に同一であり、訴外会社は被告の一事業部に過ぎなかったのであって、その法人格は形骸化していた。

ア 株主及び資本関係並びに役員の共通

訴外会社の資本金六〇〇〇万円のうち、被告は設立時四〇〇〇万円を出資し、その後も訴外会社株主から順次株式を取得してゆき、解散直前は被告が訴外会社の全株式を所有していた。

両社で代表取締役を共通にしたほか、被告の取締役が訴外会社取締役を兼ねていたし、訴外会社監査役太田信彦は被告からの出向社員であった。

イ 営業内容等の承継

被告は、訴外会社から個々の財産の個別的譲渡及びリース契約等の承継等を受けることによって、訴外会社の事業内容をそのまま継続しており、訴外会社の顧客や従業員も引き継いでいる。

訴外会社本店所在地と被告のオービス事業部の所在地は同一で、訴外会社の支店が被告の支店等となっている。その事業所建物、電話、ファックス等も変更がない。

ウ 資産負債

訴外会社の負債を被告が弁済し、その結果、被告だけが訴外会社の債権者であった。

(2) 右のとおり、訴外会社は、実質的には被告と同一であり、その一事業部に過ぎなかったにもかかわらず、被告が、訴外会社の採算のとれる事業と原告を除く従業員を引き継ぎながら、訴外会社とは形式上別法人であることを理由に原告との労働契約関係が存在しないと主張することは、法人格の濫用にも該当する。

(二) 営業譲渡

訴外会社は、平成九年八月ころ(なお、原告の平成一一年一〇月一二日付準備書面には営業譲渡の時期を「一九九六年(平成八年)八月頃」と記載した部分があるが、その前後の主張からして、右記載は平成九年の誤記であると認められる。)、その営業(有機的かつ組織的一体としての会社財産)を被告に譲渡した。

すなわち、訴外会社は、被告に、在庫商品、売掛金、手形債権の全て、社屋の賃貸借契約等を網羅的に譲渡して承継させた。この結果、被告は、訴外会社の本支店所在地を被告のオービス事業部及び支店所在地として引き継いでおり、社屋建物、電話、ファックスに至るまで何らの変更がない。被告は、訴外会社の営業活動をそのまま引き継いだ旨、取引先に通知しているほか、訴外会社と同内容の宣伝パンフレットを使用し、ロゴマークも訴外会社のものを使用している。

従業員も任意に退職した者以外は、原告を除いて全て被告に引き継がれている。

営業譲渡が行われた場合、従業員の地位も承継される。

したがって、原告の訴外会社に対する労働契約上の地位は被告に承継されている。

2  被告の主張

(一) 法人格否認

(1) 以下のとおり、被告と訴外会社との間には実質的な同一性はなく、訴外会社の法人格が形骸化しているという原告の主張には全く根拠がない。

ア 資本関係や役員等

被告が保有していた訴外会社の株式数は、当初は三分の二にすぎず、他は電気堂出身者が保有していた。その後、電気堂出身者が退任するに連れて、被告の保有株式数は増えたものの、訴外会社が原告を解雇した時点でも、発行済株式一二〇〇株中九二〇株であり、被告代表者個人の取得分を加えても一〇二〇株に過ぎなかった。

また、訴外会社設立当初の役員のうち、常勤取締役は電気堂時代からの者ばかりであり、被告の取締役を兼ねる者はいずれも非常勤取締役であった。その後も日常の実際の業務は電気堂以来の取締役佐藤登らが行っていた。

訴外会社では、被告とは別に、右役員らによる取締役会を開催するなどし、解散手続も商法の規定に従って株主総会を開催して行った。

イ 事業内容等の別異性

訴外会社の事業は、電気堂の一事業部の営業譲渡を受けて始めたものであり、被告の事業とは異質なものであった。

訴外会社は、被告とは全く別個に決算や法人税の申告も行っていたし、役員以外に従業員の交流(異動等)もなく、就業規則も独立して有していて、両社の労働条件は重要な部分で異なっていた。

訴外会社の本社は、被告の支店等とは別個であり、その他の資産の混同や共有もなかった。現在、訴外会社の本店所在地が被告のオービス事業部の所在地と同一で、訴外会社の支店が被告の支店となっていること(ただし、その全てではない。)や事業所建物、電話、ファックスに変更がないことは認めるが、それは平成九年一〇月一日以降そうなったものであって、以前から同一であったわけではない。財産譲受後の被告が、以前の訴外会社と共通点を有するのは当然である。

ウ 訴外会社の負債についても、被告が、訴外会社の債務を連帯保証していたため、金融機関等からその履行を求められて解散までに弁済した結果求償権を取得したというに過ぎない。

(2) 解散時、訴外会社が巨額の債務超過状態であったことは明白である。

訴外会社を存続させる限り、その負債は永久になくならず、被告の訴外会社に対する債権も償却できない。他方、従前の機械購入者に迷惑をかけないためには、空気清浄機に使用するカートリッジの供給や機械のメンテナンスは継続せざるを得ないが、それのみでは採算がとれない。

このような事情から、被告では、訴外会社に破産手続を選択させることはできず、従来の訴外会社の事業のうち、不採算部門(空気清浄機の製造販売等)や不採算支店を廃止し、カートリッジ供給等と採算部門に限定して被告が事業を継続することとし、訴外会社を解散するという選択以外に考えられなかった。

現在の被告のオービス事業部は訴外会社の小物類を扱う部門のみ残し、支店も名古屋と福岡のみを一人支店として残して、小物の販売を行い、空気清浄機は在庫の処分とカートリッジの供給等のみ続けており、新規製造はしていない。

訴外会社の事業を被告がそのまま続けているかのようにいう原告の主張は事実に反する。

右のとおり、被告には原告を解雇するために訴外会社の解散手続をとったなどの法人格濫用の意図はなく、この点でも原告の主張は理由がない。

(二) 営業譲渡

営業譲渡の主張は、弁論再開後、原告に課された準備書面の提出期限を大幅に遅延し、結審予定の口頭弁論期日の前日(被告の平成一一年一〇月一三日付準備書面には、結審予定期日の「当日」との記載があるが、前日の誤記であると認められる。)になって提出された準備書面によって主張されたものであり、被告がこれに反論するためには更に時間を要することになるのであって、時機に後れた攻撃防禦方法であることは明らかであるから、右主張は却下されるべきである。

仮に、被告の右申立に理由がないときには、訴外会社から、被告に対し、包括的な営業譲渡がなされたとの事実を否認する。

三  争点3(原告の賃金等請求権の有無)について

1  原告

(一) 原告は、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあり、本件第一解雇後の未払賃金債権(毎月二五日を支払日とする平成九年六月二一日以後月額四五万円の賃金)、平成九年夏季及び冬季各四五万円の一時金債権を有する。

(二) 原告は、訴外会社が社宅家賃を支払わなくなって後、平成九年一〇月分以降の家賃として月額九万円を訴外会社ないし被告に代わって支払ってきており、平成一〇年七月までで右立替金は九〇万円に達している。

原告は、被告に対し、右立替払に基づき、右九〇万円及び平成一〇年七月以降毎月二五日限り月額九万円の求償金債権を有している。

2  被告

原告の主張を争う。

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件各解雇の有効性)について

1  当事者間に争いのない事実及び証拠(<証拠・人証略>)によれば、本件各解雇がなされるに至った経緯は以下のとおり認めることができる。

(一) 訴外会社は、電気堂が営んでいた森林浴商品の製造、販売事業の営業譲渡を受け、設立以来これを主たる業務としてきた。

訴外会社が電気堂から譲渡を受けた営業には、森林浴発生器の製造販売は含まれていなかったが、平成四年一〇月、訴外会社は森林浴発生器の製造販売権を取得して、この分野にも進出することとなった。そして、訴外会社は、森林浴発生器については、製造、販売のみならず、自らリーサー兼サプライヤーとしてリースも行なったが、その際、リースバック契約と称して、リース物件を担保に金融会社(主としてユアサ商事)から商品代金相当額の融資を受け、運転資金を捻出するという手法をとっていた。

(二) 訴外会社の業績は、順調に伸びていって平成七年三月末日の決算報告書では、約一八億の売上高が計上され、さらに、翌年度には三〇億を超える売上が見込まれていた。

しかるに右決算報告書には、約六三八〇万円の未払リース料が計上されており、不信(ママ)を抱いた訴外会社代表者が、取引銀行を通じて調査させたところ、エンドユーザーが実在しないなどの不良リースが多数存し、表面化している不良リースの額は二〇億にも上り、さらに、不良化が予想されるリースが別に約二〇億円も存することが判明した。

訴外会社では対策を検討したが、右不良リースに関係した役員を辞任させた上で、当面は人員削減等で経費節減を図りながら再建の可能性を見守ることとした。しかし、平成九年三月末日の決算では、売上総利益は二〇〇〇万円余りにしかならず、経常損失四億八五〇〇万円余りを計上することとなった。

なお、この間、訴外会社では役員を除き総勢約四〇名になっていた従業員のうち、個別に退職を勧奨するなどして一二名を退職させ、また、金利負担軽減のため、被告から借入れた弁済資金でユアサ商事に対する債務二一億円余りを返済し、同社との間のリースバック契約を解約するなどした。

(三) 訴外会社では、平成九年三月一四日に開催した役員会で、再建は困難であるとして、六月を目処に、販売済みの森林浴発生器のカートリッジ供給や採算のとれる森林浴商品の小物類の販売に事業を縮小させたうえで被告に引き継がせ、訴外会社自体は解散し清算することとするが、なおこれと平(ママ)行して他社への営業譲渡の可能性も検討することなどを決定した。その後、同年七月ころ、営業譲渡を検討していた取引先から最終的にこれを拒否され、もはや、解散して清算するしかないとして、同年八月一四日、従業員らも集めた全体会議を招集してその旨の説明をした。

訴外会社は、同月二九日、被告との間で、在庫商品、手形債権、売掛債権、社屋貸主や空気清浄機生産委託先に差し入れた保証金返還請求権など主要な資産の殆どを売却する旨の売買契約を締結し、同年九月三〇日に開催した株主総会で解散を決議した。

被告は、訴外会社から購入した資産等でオービス事業部を開設し、森林浴発生器の製造販売以外の森林浴商品の製造販売を引き継いで営業している。解散時、訴外会社に在籍していた従業員は全員被告が雇用したが、その後、引継を終えて退職した者が数名存し、新規に雇用した者が一名いて、現在被告のオービス事業部所属の従業員は一〇名となっている。

(四) 原告は、訴外会社入社以来、堺市にあった大阪支店に配属され営業担当次長の肩書で、営業業務に携わってきた。

同支店には、他に商品製造担当次長東隆敏がいたほか、短期間、森林浴発生器の発送や取付工事等に従事する従業員一名が在籍していたことがあるが、同従業員に対しては、不良リース判明後の人員削減策の一環として、上司の指示で原告が退職を勧奨し、平成八年六月二〇日、退職させた。

原告は、平成九年五月二六日、訴外会社取締役佐藤登から電話で、同年六月二〇日付をもって解雇する旨の第一解雇を予告された。原告が解雇理由の説明を求めて、同月二九日、訴外会社本社に赴いたところ、応対に当たった佐藤は事業縮小及び大阪支店の閉鎖が解雇理由である旨説明し、同席していた取締役門栄は、夏季一時金は出せないこと、同年六月末までに社宅を明け渡すようになどと言い渡した。

原告は、これを不服として、平成九年七月三〇日、大阪地方裁判所に地位保全等仮処分命令の申立(同裁判所平成九年(ヨ)第一九八五号)をした。同裁判所は、同年一一月一二日、原告の主張を認めて、地位保全と賃金の一部仮払いを命ずる決定をした。

さらに、訴外会社は、原告に対し、同年一一月二八日付の内容証明郵便で、第二解雇の通告をし、そのことを右仮処分決定後の事情の変更として同裁判所に右保全取消の申立をしたが、右申立は却下された。

なお、大阪支店は第一解雇後廃止されて、大阪事業所と名称を変え、大阪市平野区にその所在地も移転したが、訴外会社解散後は、被告のオービス事業部大阪事務所として引き継がれ、東が従前同様配属されている。

以上認定の事実に対し、被告は、佐藤が原告に第一解雇の通告をしたのは平成九年四月二四日、大阪市(ママ)店で原告と面談した際であると主張するが、これを認めるに足る証拠はなく、他に右認定事実を左右するに足る証拠はない。

2  そこで、右認定事実によって本件各解雇の有効性について判断する。

(一) 本件各解雇がいわゆる整理解雇であることは被告も認めるところであるが、整理解雇が有効となるためには、第一に人員削減の必要があること、第二に使用者が解雇回避のための努力を尽くしたこと、第三に被解雇者の選定が妥当であること(客観的で合理的な基準を設定し、これを公正に適用して行われたこと)、第四に手続が妥当であることが必要であると解される。

これを、まず本件第一解雇についてみるに、前記のとおり、訴外会社では、平成七年頃、不良リースによって莫大な損失を抱えるに至っていることが判明したこと、その後経費節減の一環として個別の退職勧奨による人員削減などが行われたこと、それにもかかわらず訴外会社の業績では到底損失の目処が立たず、平成九年三月頃には再建を断念せざるを得なかったこと、このため、営業譲渡が不能であれば解散して清算するしかないとの方針が決定されていたことなどが認められ、本件第一解雇当時、訴外会社単独では営業の継続は困難な事態にまで立ち至っていたのであるから、事業縮小とそのための人員削減の必要性が大きかったことは認めることができる。

これに対して、訴外会社は、退職勧奨等によって一部従業員を任意退職させるなどしてきてはいるが、他方、解散後は、訴外会社の事業を被告が引き継ぐことが予定されており、現に事業規模を縮小したうえで被告が引き継いでいること、その際、在籍する従業員も被告が全員雇用していることなどが認められ、原告がそのまま訴外会社に在籍していたとしたら、他の従業員同様被告に雇用された蓋然性は高いというべきである。しかるに、事業縮小の一環として原告が担当していた大阪支店における営業部門の廃止が不可欠なものであったのか、そうだとしても、事業引継とともに被告に雇用させるべく、希望退職者の募集や配置転換をするなどして原告の雇用継続を図ることができなかったのかなどについて、被告は何ら主張するところがなく、訴外会社においてこれらの検討が十分なされたとは認められず、訴外会社が原告の解雇回避のための努力を尽くしたとは認められない。

また、いかなる基準で原告が被解雇者に選定されたかも不明であって解雇者選定の妥当性も認め難い(被告代表者本人尋問中には、原告の成績が上がらなかったことが解雇の理由であると述べている部分があるが、原告の成績不良を裏付ける証拠はなく、右供述から人選の妥当性を認めることはできない。

さらに、前記認定のとおり、第一解雇の予告は、事前の協議や説明もなく、法定の予告期間もあけずに、原告に告知されたものであって、手続的にも不当というほかない。原告が、訴外会社の指示で大阪支店従業員に退職勧奨をし退職させたとの事実があることは認められるが、そのことは、原告において訴外会社の財務状況や人員削減の必要性を認識する契機になったとしても、訴外会社が、原告に対し、単なる任意退職の勧奨とは異なる整理解雇を通告するにおいて、事前に十分な説明や協議をすべき義務を免れさせるものではない。

以上によれば、第一解雇は、整理解雇としての有効要件を満たすものとはいい難く、解雇権の濫用であって無効である。

(二) 次に、第二解雇について検討するに、第二解雇の通告は、訴外会社解散を主たる理由としてなされているが、訴外会社解散は、すでに第一解雇当時から訴外会社において予定していたところであり、第一解雇当時に予想できなかった事情の変更があったわけではないし、訴外会社が、第一解雇から第二解雇までの間に、原告の解雇回避の努力をしたことや人選の見直しをしたこと、原告に対する十分な説明や協議がなされたことなどについては何らの主張もなく、これを認めるに足る証拠もない。

したがって、第二解雇もまた第一解雇同様整理解雇としての有効要件を満たすものとはいい難く、解雇権の濫用であって無効である。

二  争点2(被告が原告の雇用主となるか)について

1  法人格否認について

(一) まず、原告は、訴外会社と被告とは実質的に同一であり、訴外会社は被告の一事業部に過ぎなかったとして、そのことを前提にして訴外会社の法人格形骸化や被告の法人格濫用の主張をしているので、この点について判断する。

(1) 訴外会社設立当時、被告が発行済株式一二〇〇株のうち八〇〇株を取得したこと、訴外会社と被告とでは代表取締役を共通にするほか、被告の取締役が訴外会社取締役を兼ねていたこと、訴外会社解散後の被告のオービス事業部の所在地が解散前の訴外会社本店と同一であり、支店等の所在地、事業所建物、電話、ファックスも同様に同一であること、訴外会社の負債は被告が弁済し、訴外会社の債権者は被告のみとなっていることについては争いがなく、訴外会社解散決議は株主総会を開催したうえでなされたこと、被告が、訴外会社から種々の資産や契約関係の譲渡を受けてその営業の一部を引き継いでいること、その際、訴外会社解散時に在籍していた従業員は被告が全員雇用したことは前記第三の一1に認定したとおりであり、さらに証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、被告が電気堂から直接森林浴商品販売等の事業の営業譲渡を受けることをせず、訴外会社を設立することとしたのは、右事業が未経験の分野であり、責任の所在を明らかにするためであったこと、右営業譲渡を受けるに当たっては電気堂で右事業に専従していた従業員七名との雇用契約も承継し、設立当時の従業員はこれに新規採用者一名を加えた八名であったこと、訴外会社設立時の役員のうち、被告との兼務役員はいずれも非常勤に止まったこと、平成五年になって、訴外会社設立以来の社長田頭裕及び専務取締役新田征一郎は経営能力を問われて退任し、これに伴い被告代表者が訴外会社社長を兼務することとなり、また、被告総務部長を兼務していた坂本悦男が訴外会社監査役から同取締役に、同監査役には被告取締役の門栄がそれぞれ就任したこと、その際、右田頭及び新田が保有していた株式は、被告及び訴外会社役員が分割して取得したこと(被告の保有株式は八六〇株となり、被告代表者も一〇〇株を保有することになった。)、平成八年三月、不良リース問題の責任を問われて坂本悦男が訴外会社取締役を辞任し、同人が保有していた訴外会社株式六〇株は被告が取得したこと(これによって被告の訴外会社株式保有数は九二〇株となった。)、太田信彦は、平成七年一〇月頃、被告の取引銀行の斡旋で訴外会社の財務内容調査のため被告に入社し、被告に在籍のまま経営企画室長の肩書で訴外会社に出向となっていたこと、その後、平成八年八月、電気堂出身であった伊藤が訴外会社取締役を辞任したことから、その後任取締役に監査役門栄が、門の後任監査役に太田がそれぞれ就任したこと、訴外会社では、被告とは別個に月二回程度役員会が開催されており、被告とは全く別個に決算や法人税の申告も行っていたこと、解散前の訴外会社の本社は、被告の支店等とは別個であったこと、訴外会社は、就業規則も被告とは別個に有していたが、その内容は全く異なっていたこと、訴外会社解散当時、被告が訴外会社の唯一の債権者となったのは、被告が訴外会社の債務を連帯保証していたため、これを弁済して求償権をしたことによるものであることなどが認められる。

これに対し、原告が、被告訴外会社の実質的同一性を基礎づける事実として主張している、被告による訴外会社全株式を(ママ)保有や従業員間における人事交流の事実については、これを認めるに足る証拠がない。

(2) そこで右認定事実によって検討するに、確かに資本関係では訴外会社設立当初から発行済株式の半数以上を被告が保有し、解散直前には全株式ではないとしても被告代表者保有分をも併せると八割五分に及ぶという圧倒的多数は被告側で保有していたし、被告が訴外会社の債務を連帯保証したり、訴外会社解散までに訴外会社の負債を整理したりしており、さらに、訴外被告のオービス事業部の所在地が解散前の訴外会社本支店と同一で社屋、電話等にも変更がないほか、訴外会社従業員も引き続き被告が雇用していることなどからすると、被告と訴外会社間に密接な関係があることは明らかである。

しかしながら、資本関係で被告が訴外会社の発行済株式多数を保有していることは両社間にいわゆる親子関係があるということに過ぎず、そのような場合に親会社が未だ信用の乏しい子会社の債務を連帯保証するということはよく見られることであるし、被告が訴外会社の負債整理に関わったのは、被告自身その保証債務を負担していて、訴外会社解散後はいずれ自ら返済しなければならない立場にあったためであると考えられ、また、被告のオービス事業部の所在地、社屋、電話、従業員等が解散前の訴外会社のものと同一なのも、被告が訴外会社の資産等を買い受けてその営業活動を継続している以上当然ともいえるのであって、これらの事情のみから、解散前の訴外会社が実質的に被告と同一であったとか、その一営業部門にすぎなかったというのは早計に過ぎる。

解散前の訴外会社の経営状況等をみても、もともと被告が訴外会社を設立してこれに電気堂からの営業を承継させることとしたのは、右営業が被告の従来の営業内容とは異質で未経験のものであって、責任限定や危険分散という別法人とすることの利点を期待したものであったと認められるし、現に、訴外会社では、設立時の役員や従業員もその多くを電気堂から引き継いでいて、被告との兼務役員は非常勤とされており、被告が兼務役員を通じて、自ら主体的積極的に経営に関わって行くという体制は取られていなかった。その後、電気堂出身の役員が辞任するに連れて後任に被告出身者が就任するなどしたが、解散に至るまでの間を通じて役員全てを被告の役員らが兼務したという事実もない。加えて、訴外会社は、被告とは別個に本支店等の事業所を有し、役員会や株主総会の開催、財務会計も被告とは別個に行い、就業規則も別に定めて被告従業員に対するとは異なる労務管理をしていたし、太田のような一部例外を除くと従業員間の人事交流が頻繁に行われていたとも認められない(現に原告自身、訴外会社の従業員として新規に採用されている。)のであって、これらの諸事情に照らすと、訴外会社の経営や営業活動は、被告とは別個に独立して行われていたというべきである。

そうすると、訴外会社が実質的には被告と同一でその一営業部門に過ぎなかったということはできず、従って、訴外会社の法人格が形骸化していたとは認められない。

また、そうである以上、訴外会社の営業を被告が継続しているからといって、訴外会社と原告との間の雇用契約まで被告が当然に承継しなければならないとする理由はなく、従って、被告が原告との間の労働契約関係を否定することが法人格の濫用になるとは認め難い。

2  営業譲渡について

(一) 被告は、営業譲渡の主張が、時機に後れた攻撃防禦方法であるとして却下されるべきであると申立てているところ、右主張は、結審を予定した口頭弁論期日の前日に提出された準備書面によって主張されたものであることが本件記録上明らかであり、時機に後れて提出されたものといわざるをえない。

しかしながら、右主張は、原告が従前から主張してきた事実に基い(ママ)た法律的主張を追加するものであって、新たな事実主張をしたり、そのための証拠調べを求めるものではないし、右の口頭弁論期日に先立つ弁論終結後の和解経過において、原告が本件の請求原因を営業譲渡と法律構成する余地のあることを示唆し、右主張を追加する旨予告していたことは当裁判所に顕著であって、被告は右の主張が追加されることを予想できたと考えられるが、被告からもこれに関する新たな事実主張や証拠調べの申立はない。

してみると、右営業譲渡の主張は、時機に後れたものとはいえ、これがために訴訟の完結を遅延させるものとまでは認められず、従って、右主張の却下を求める被告の申立は理由がない。

(二) 原告は、被告が訴外会社から営業(有機的かつ組織的一体としての会社財産)譲渡を受けたことによって、原告と訴外会社間の雇用契約も承継したと主張するが、営業譲渡がなされたからといって、譲渡人とその従業員との雇用契約が当然に譲受人に承継されるというものではない。従って、被告と訴外会社間において、原告との雇用契約を含む営業譲渡がなされたと認めることができるか否かが問われなければならない。

(三) そこで検討するに、前記第三の一1に認定した事実によると、訴外会社では、不良リース問題に原因する債務超過に対し、平成九年三月頃、再建不能と判断して営業譲渡または解散という方針を決定したが、その後、取引先から営業譲渡を拒否されるに及び、同年八月二九日、訴外会社の主要な資産を被告に売却する売買契約を締結したうえで、翌三〇日株主総会で解散決議をし、その後は、被告が、買い受けた資産等を使用してオービス事業部として訴外会社の営業(但し、森林浴発生機(ママ)の製造販売を除く。)を行っており、事業所の所在地、社屋、電話(ママ)ファックス等にも変わりはなく、訴外会社解散当時に在籍した従業員も全員被告が雇用したというのであり、さらに証拠(<証拠略>)によれば、被告は、訴外会社が被告オービス事業部として生まれ変わった旨記載した案内書を顧客に送付し、訴外会社のロゴマークも引き続き使用していることが認められる。

右事実によれば、訴外会社と被告との間では、営業譲渡という契約形態こそとられていないが、訴外会社の資産売却に当たっては、それらの資産を使用して被告が森林浴製品の製造販売事業を継続して行うことが予定されていたことは明らかであって、それに必要な殆どの資産が売却されており、右事業の側からみると、その一体性を損なうことなく訴外会社から被告へ譲渡されたものであって、単にその経営主体が訴外会社から被告に代わったにすぎないというべきである。そうすると、訴外会社の資産売却がなされた頃、訴外会社から被告へ営業譲渡がなされたものと認めるのが相当である。

なお、訴外会社の解散時の決算報告書(<証拠略>)によれば、右当時、訴外会社にはなお約四億五〇〇〇万円の資産や四二億円もの負債が残存していたことが認められるが、これらは、解散によって清算すべきものとして訴外会社に残されたものと認められ、このような残存資産があるからといって、右営業譲渡の事実を認める妨げになるものではない。

そして、被告が訴外会社に在籍した従業員全員を雇用していることからすると、譲渡の対象となる営業にはこれら従業員との雇用契約をも含むものとして営業譲渡がなされたことを推認することができる。

前記のとおり、訴外会社が原告に対してした本件各解雇はいずれも無効であり、右営業譲渡がなされた当時、原告はなお訴外会社に在籍したものと扱われるべきであるから、右営業譲渡によって、原告と訴外会社との間の雇用契約も被告に承継されたものと解される。

三  争点3(原告の請求)について

(一)  右のとおり、原告と訴外会社との間の雇用契約は被告に承継されたものと解されるので、原告が、被告に対し労働契約上の地位を有していることの確認を求める請求は理由がある。(主文第二項)

(二)  被告は、訴外会社と原告との雇用関係を営業譲渡の一環として承継しており、その際、特に、原告に対して生じた既発生の債務を除外したなどの特段の事情も認められないから、被告は、訴外会社に既に生じていた債務をも含めて、原告に対する右労働契約上の債務を負うというべきである。

(1) 訴外会社の従業員に対する賃金は、毎月二〇日締切りで、同月二五日が支給日であったこと、原告が本件第一解雇の予告を受けた当時の賃金月額は基本給四五万円であったことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨からして、訴外会社は平成九年六月二一日以降の原告に対する賃金を支払っていないことが認められ、そうすると、被告は、右同日以降の毎月四五万円(支給日は同月二五日)の割合による未払賃金の支払義務を負うが、本判決確定後の賃金支払を求める部分は、原告の労務提供の有無が不確定であるから訴えの利益を欠くというべきである。

したがって、原告が、平成九年六月二一日から本判決確定の日までの賃金とこれに対する遅延損害金(年六分の割合)の支払を求める請求は理由があるが、本判決確定後の賃金支払を求める請求は不適法である。(主文第一項及び第四項)

(2) 訴外会社では、例年七月及び一二月に一時金が支給されること、原告以外の他の従業員には平成九年夏季一時金として基本給の一か月分が、また、訴外会社解散後被告に引き継がれたもと(ママ)訴外会社従業員には、被告から冬季一時金として基本給の一か月分が支給されたことは当事者間に争いがなく、また、証拠(<証拠略>)によれば、訴外会社の賃金規程一七条「賞与は、毎年七月及び一二月の賞与支給日に在籍する従業員に対し、会社の業績、従業員の勤務成績等を勘案して支給する。ただし、営業成績の著しい低下その他やむを得ない場合には、支給日を変更し、又は支給しないことがある」と規定していることが認められる。

右の事実によると、原告も、右平成九年七月及び一二月にそれぞれ一時金の支給を受ける権利を有していたというべきところ、他の従業員に対する支給状況からすると、訴外会社ないし被告は右各一時金については一律に基本給の一か月分という基準で支給したことが推認され、原告に対してのみ右基準を不適用とすべき格別の事情も認められないから、原告に支払われるべき一時金も他の従業員と同様の基準で算定した額と認めるのが相当である。

したがって、右各時期の一時金としてそれぞれ基本給の一か月分である四五万円、合計九〇万円の支払とこれに対する遅延損害金(年六分の割合)の支払を求める請求は理由がある。(主文第三項)

(3) 原告は右賃金以外に訴外会社が賃料九万八〇〇〇円で賃借した社宅の提供を受けていたこと、右社宅の賃料月額九万八〇〇〇円は訴外会社が負担してきたこと、しかるに訴外会社は平成九年七月分以降の賃料を支払わなくなったことは当事者間に争いがなく、証拠(<証拠略>)によると、原告は右社宅の貸主と交渉し、同年一〇月分以降の賃料のうち九万円を支払い、右社宅に居住を続けていることが認められる。

右事実によれば、右社宅の提供は原告の労働条件の一部として労働契約の内容をなしていたと認められるから、被告は右社宅提供義務をも承継していると解される。そうすると、原告が、平成九年一〇月以降月額九万円の家賃を支払っているのは、本来被告が支払うべき賃料の一部を立替払しているものというべきであるから、原告は立替払した賃料について被告に対し求償権を有すると解される。

原告は、事務管理に基づく求償を求めるものと解されるところ、賃料立替払の日を主張しないし、これを認め得る的確な証拠はないが、月極めで賃貸される居住用家屋の賃料は前払とされるのが通常であるから、原告は、本件訴えを提起した平成一〇年七月八日までに同月分まで一〇か月分の賃料合計九〇万円を立替払したものと認められるほか、同年八月分以降本件口頭弁論終結日にかかる平成一一年一〇月分までの各月の賃料は遅くとも前月末までには原告が立替払いしたものと認められる。これに対し、同年一一月分以後の賃料まで前払いするなどした事実は認められない。

また、右立替払が商行為としてなされたと認めるに足る証拠はないから、遅延損害金は民法所定の年五分の割合によって認めるのが相当である。

そうすると、原告が、本件訴え提起までに立替払した九〇万円については、その求償とこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一〇年七月一六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるがその余は理由がない。(主文第五項及び第六項)

平成一〇年八月分以降の月額九万円の賃料については、平成一一年一〇月分までの一五か月分の賃料合計一三五万円について、原告が前月二五日までに立替払をしたと認めるに足る証拠はなく、遅くとも前月末までには支払ったという限度で立替払の事実を認めることができるにとどまるから、その求償と、これに対する右各立替払の日の翌日(当月一日)を起算日とする年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。(主文第五項及び第六項)

平成一一年一一月分以降の賃料立替については、これを認めるに足る証拠はないから、その求償を求める請求は理由がない。(主文第六項)

四  よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 松尾嘉倫 裁判官 和田健)

(別紙) 遅延損害金一覧表

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例